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5話 手に入れた自由と飛翔

last update publish date: 2026-01-25 16:00:11

「……離婚?」

私に離婚しましょうと言われた湊が片眉を上げて、怪訝そうな顔をする。そして次第にその口元が緩み、蔑むように鼻で笑うという。

「燈……今、自分が何を言ったのか分かっているのか?自分の今の姿を良く見ろよ」

私は湊の部屋の窓に映る自分の姿を見る。

「もう君がメスを置いてから二年だ。天才救命医だった君は過去の産物じゃないか」

湊はそう言って背後の愛沢くるみを労わる素振りをする。

「今の君は、自分の子供すら守れなかった敗者なんだよ」

湊は私に振り返り、私に向かって冷たく笑うと言う。

「二年前と一緒だよ、君はその天才的な腕を持っていたにも関わらず、大事な時にその腕を発揮せず、俺の大事な親友を助けられなかった。見殺しにしたんだよ。そんな君なんだから、自分の子供も守れないのは至極当然の事だ」

湊に言葉を投げ付けられる度に私の呼吸が浅くなっていく。

「……違うか?」

そう聞かれて震えながら湊を見る。湊の瞳の奥は分厚い氷のように冷たい。

「君の才能はこんなところにもあったんだな。大切なものだけを、的確に壊す才能……か」

湊はそう言うと嘲笑うように私を見る。

「離婚すると言えば俺を脅せると?」

湊はそう言いながら私に近付き、私を見下ろす。

「俺の親友を見殺しにし、自分の子供も守れず、夫に追い出された女がこの世界でどうやって生きて行くのか、見ものだな」

どうしてここまで言われなくてはいけないんだろう。確かに私にも颯太の死の責任の一端はあるだろう。子供も守れなかったのもそうかもしれない。その時、愛沢くるみが目に涙を浮かべ、か細い声で私たちの間に割って入って来る。

「……ちょっと待って、ね。落ち着いて」

そう言って湊を弱々しく見上げて言う。

「私も何故、燈ちゃんが私に手を上げようとしたのか分からないの……」

そして私をチラッと見て続ける。

「でも燈ちゃんにも何か事情があるのよね……流産したばかりって聞いたし……」

最後は消え入りそうな声でそう言う愛沢くるみはか弱い女を完璧に演じ切っている。それを見て私は自分の中で踏ん切りがついた。

「……もう充分」

そう言って立ち上がり、痛む下腹部を気にしながら言う。

「私が湊、あなたと夫婦で居た三年間、ずっと私はあなたに尽くして来た。それは疑いようのない事実よ」

涙が込み上げそうになるのを堪えて、湊を見る。

「その献身も、生まれて来られなかった子も……その全てで私はその“借り”を返し終えた筈……いいえ――」

短く息を吐き、涙を振り払い、微笑む。

「これは私からの“貸し”よ。貸しである以上、全て綺麗に回収するわ」

◇◇◇

私は大急ぎで家に戻った。本当は入院をしなくてはいけない。けれど私はもう一秒たりとも待てなかった。家に入り、真っ先に引き出しの奥にしまってあった離婚届を取り出す。

――三年前。

湊は元々、この結婚を望んでいなかった。だから結婚した時点で既に離婚届にサインした状態で湊が私に渡して来たのだ。いつでも離婚出来るように、と。私はその場でサインはしなかった。出来なかったのだ。

その離婚届に自分の名を書く。

そしてスマホに長年、登録されていて、かけた事の無かった番号がある。世界最高峰の医療研究機関に最高責任者として研究を担っているある人物。

「……高嶺さん、お久しぶりです」

電話の向こうで彼は驚きを隠さない。

「佐伯、どうした?急に電話なんて……」

私は手に持っている離婚届を見ながら、言う。

「研修を受けたいんです、席はまだありますか?」

電話の向こうで彼が少し笑う。

「もちろん、あるよ……というか、君なら大歓迎だよ」

久しく聞いていない、優しい言葉に涙が溢れる。その涙を拭って言う。

「すぐにでも出発したいんです。出来れば明日にでも。問題ありませんか?」

そう聞くと彼が言う。

「あぁ、問題無い。歓迎するよ。ただし、ここは最高峰の研究機関だ、甘えは許されないし、許容もしない、妥協は許さない。代わりに世界トップレベルの研究に携わる事が出来る。ブランクは言い訳には使えないよ?それでも大丈夫かい?」

そう聞かれて私は頷く。

「えぇ、問題無いです。むしろその方が助かります」

翌日には私は飛行機に乗っていた。私の名前の欄には久遠では無く、佐伯と書かれている。久遠の名を捨て、私は佐伯燈として旅立つ。

私の腕を掴み上げ、振り払った湊。湊の背後で私を嘲笑ったくるみ。

あの二人には“貸し”があるのだ。全て綺麗に回収する為に、私は旅立つのだ。

――次に会った時、跪くのはどっちかしらね、楽しみだわ。

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Comments (1)
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弘子
燈さんが可哀想、何故あんなくるみの話しを信じるのかが分からない、
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